企画力・表現力を高める:具体と抽象を行き来する言葉の筋トレ
ビジネスにおける情報伝達やアイデア創出において、対象を「具体」として捉える視点と、「抽象」として捉える視点の両方が不可欠です。そして、これら二つの視点を自在に行き来できる能力は、言葉の力を高める上で非常に強力な武器となります。
抽象的な概念を具体的な事例で説明できれば、専門的な内容も分かりやすく伝えられます。逆に、身の回りの具体的な出来事から普遍的な課題や機会を抽出できれば、既存の枠を超えた発想や、より本質的な解決策を生み出すことが可能になります。
この具体と抽象の行き来がスムーズにできない場合、以下のような課題が生じやすくなります。
- 抽象的すぎる文章: 理想論や概念ばかりで、読み手が具体的に何をすれば良いのか、何が言いたいのかを理解しにくい。
- 具体例の羅列: 事実やデータは多いものの、それが何を意味するのか、どのような結論に繋がるのかが不明確で、全体像が掴みにくい。
- 発想のマンネリ化: 目の前の具体的な情報や慣習に囚われ、一歩引いた視点や異なる角度からのアイデアが生まれにくい。
本記事では、この「具体と抽象の行き来する力」を鍛え、思考と表現の質を高めるための具体的な「言葉の筋トレメニュー」をご紹介します。日々の業務やライティングにおいて、意識的に取り入れてみてください。
メニュー1:抽象的な概念を具体的な事例に変換する訓練
この訓練は、複雑なアイデアや専門用語を分かりやすく伝えたい場合に特に有効です。抽象的な概念を、読み手がイメージしやすい具体的な「シーン」や「エピソード」に落とし込む練習を行います。
目的: 分かりやすさ、共感、説得力の向上
方法:
- 抽象概念の選択: ビジネスシーンでよく用いられる抽象的な概念を一つ選びます。(例:「顧客体験」「リーダーシップ」「業務効率化」「リスク管理」「サステナビリティ」など)
- 具体的な要素の設定: その概念を説明するために必要な具体的な要素(誰が、いつ、どこで、何を、どのように行った結果、どうなったか)を考えます。
- 事例として描写: 設定した具体的な要素を用いて、短い物語や特定の状況を描写します。単なる説明ではなく、「まるでその場にいるかのように」感じられるような描写を心がけます。
実践例:「顧客体験」を具体化する
抽象概念:「顧客体験」
具体的な要素: * 誰が:オンラインショップで初めて買い物をした顧客 * いつ:深夜、急ぎで商品を探していた * どこで:自宅のスマートフォンから * 何を:商品の検索、比較、購入、問い合わせ * どのように行った結果:サイトの使いやすさ、スムーズな決済、問い合わせへの迅速かつ丁寧な対応、届いた商品の状態と梱包 * どうなったか:満足してリピート購入を決めた、SNSで良い体験を共有した
具体的な事例として描写: 「先日、深夜に急ぎで必要になった商品を〇〇オンラインショップで探していました。スマートフォンの小さな画面でも商品情報が見やすく、比較検討が容易でした。決済も数タップで完了し、不安に思って送った問い合わせにもすぐに丁寧な返信があり安心しました。翌日届いた商品は丁寧に梱包されており、手書きのメッセージも添えられていました。この一連のスムーズで温かいやり取りが、『またここで買いたい』という強い気持ちに繋がり、すぐに次の注文を入れました。これが、顧客が単に商品を買うだけでなく、そのプロセス全体で得る『顧客体験』の一例です。」
この訓練を繰り返すことで、抽象的な言葉を聞いた際に自然と具体的なイメージが湧きやすくなり、説明する際にも具体的なエピソードを交える引き出しが増えます。
メニュー2:具体的な情報から本質(抽象)を抽出する訓練
この訓練は、個別の事例やデータから共通する課題や法則性を見つけ出し、より普遍的な示唆を得たい場合に有効です。情報の本質を見抜く力、つまり抽象化する力を養います。
目的: 普遍的な課題発見、法則性の理解、新しいアイデアの着想
方法:
- 具体的な情報の選択: 身近な具体的な事例、データ、ニュース記事、顧客からの意見などを一つ選びます。(例:特定の製品の売上データ、ある競合の新サービス、チーム内で発生した小さな問題、読んだ本の特定の章など)
- 深掘り: その具体的な情報について、「なぜこうなったのか?」「これは何を示唆しているのか?」「他の似たような事例はないか?」と問いかけ、多角的に深掘りします。
- 本質の言語化: 深掘りを通して見えてきた、より抽象的な原因、傾向、課題、機会、教訓などを言語化します。特定の事例に限定されない、普遍的な表現を目指します。
実践例:ある顧客の行動から本質を抽出する
具体的な情報:ある顧客が、製品購入後にマニュアルを見ずに、サポートチャットで基本的な操作方法を質問してきた。
深掘り: * なぜマニュアルを見なかったのか? → マニュアルが見つけにくい、分かりにくい、読むのが面倒、チャットの方が手軽だと思った? * チャットで質問した理由は? → すぐに解決したかった、人とのやり取りを好む、文章で伝えるのが苦手? * 他の顧客も同様の行動を取っているか? → 他の問い合わせ内容やアクセスログを確認する必要がある。 * これは何を意味するか? → マニュアルの改善が必要かもしれない、チャットサポートの導線強化が有効かもしれない、ユーザーは自己解決よりも手軽なサポートを求めている傾向がある? * より広い範囲に当てはめると? → ユーザーは製品そのものだけでなく、サポートも含めた「利用体験」全体を重視している。デジタル化が進んでも、「人に聞きたい」「手軽に済ませたい」というニーズは根強い。
本質(抽象)の言語化: 「現代のユーザーは、製品の使用に関する疑問を解決する際に、必ずしも提供された公式情報を深く読み込むとは限らない。手軽で迅速なサポートチャネルを好み、時に体系的な情報よりも即座の応答を優先する傾向がある。これは、製品設計だけでなく、サポート体制や情報提供の方法においても、ユーザーの手間をいかに削減し、スムーズな体験を提供できるかが重要であることを示唆している。」
この訓練により、個別の事象に一喜一憂するのではなく、その背後にある構造や普遍的なニーズを見抜く力が養われ、より本質的なレベルで課題解決やアイデア創出に取り組めるようになります。
メニュー3:具体と抽象の方向転換を素早く行う訓練
この訓練は、これまでの二つのメニューを統合し、状況に応じて具体と抽象の視点を素早く切り替える実践的な能力を高めます。議論やプレゼンテーション、あるいは文章構成を考える際に非常に役立ちます。
目的: 思考の柔軟性、説明力、議論での対応力向上
方法:
- テーマの設定: 特定のテーマやアイデアを設定します。(例:新しいマーケティング戦略、社内コミュニケーションの改善策、ある社会課題など)
- 意図的な行き来: そのテーマについて、意識的に具体化と抽象化を繰り返します。
- 抽象的な目的や理念を述べた後、それを実現するための具体的なアクションや施策を複数挙げる。
- 複数の具体的な事例や事実を挙げた後、それらから導き出せる共通の結論やより抽象度の高い法則性を言語化する。
- 時間制限を設ける: 短い時間(例:3分、5分)でこれらの作業を行う練習を取り入れると、実践的な対応力が鍛えられます。
実践例:新しいマーケティング戦略について具体と抽象を行き来する
テーマ:新しいマーケティング戦略「コミュニティ醸成によるファン拡大」
行き来の例: * 抽象へ: 具体的な施策(オンラインフォーラム開設、限定イベント開催、UGC促進キャンペーン) → これらに共通する目的は? → 「顧客同士の繋がりを強化し、ブランドへのエンゲージメントを高めること」「双方向のコミュニケーションを通じて愛着を育むこと」。 * 具体へ: 抽象的な目的(「顧客ロイヤルティの向上」)→ そのために具体的に何をすべきか? → 「購入後のサンキューメールに特典コードを付与する」「ヘビーユーザー向けのシークレットコミュニティを作る」「製品開発に顧客の声を反映させる仕組みを導入する」。 * 具体間の抽象化: 異なる具体例(「ある顧客が製品の使い方をSNSで発信している」「別の顧客がイベントで積極的に質問している」)→ これらから言えることは? → 「顧客は受動的な消費者ではなく、積極的にブランドに関わりたい欲求を持っている」「顧客は情報発信源、あるいは共創のパートナーとなり得る存在である」。
この訓練を重ねることで、聞き手の理解度や状況に応じて、話の抽象度を適切にコントロールできるようになります。全体像を示すために抽象的に語るべきか、具体的なイメージを掴ませるために詳細を述べるべきか、あるいは抽象的な議論が先行しすぎた場合に具体的な事例を提示して軌道修正するなど、コミュニケーションの精度が高まります。
まとめ
「具体と抽象を行き来する力」は、単に文章を分かりやすくするだけでなく、物事の本質を見抜く思考力や、新しいアイデアを生み出す発想力にも深く関わっています。企画立案、資料作成、顧客への説明、社内での合意形成など、ビジネスのあらゆる場面でその重要性は高まっています。
本記事でご紹介した3つの「言葉の筋トレメニュー」は、いずれも特別なツールや環境を必要とせず、日々の業務の中で意識するだけで実践できるものです。抽象的な概念を具体化する、具体的な事実から本質を抽出する、そしてこれらを自在に行き来する訓練を継続することで、あなたの言葉はより「伝わる」「響く」ものへと磨かれていくでしょう。
これらのメニューが、あなたの言葉の力をさらに高める一助となれば幸いです。継続的な実践を通じて、思考の解像度を高め、表現の幅を広げていってください。